誰も見てない涙【後編】
- 2016/06/04 (Sat) |
- 五期 |
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僕は泣いていた。小さな僕は、自分が怖くていつも泣いていた。
また誰かを悲しませてしまうかもしれない。また誰かを殺してしまうかもしてない。
そんな自分が怖くて、声を押し殺して泣いていた。この気持ちを誰にも知られたくなくて、草むらに隠れて泣いていた。
「うるせえガキだな。何泣いてやがんだ」
それは男の人だった。僕を怖がらないあの人と同じくらい大きな、とても臭い人だった。僕はとっさに鼻をつまんだ。それでも微かに臭ってくる。男の人の顔は、逆光で見えなかった。
「何をそんなに泣いてやがんだ」
男の人は繰り返して言った。僕は小さな声で、自分が怖いんだと答えた。男の人は、はあ? と呆れた声を出した。
「自分が怖ぇなんて、変わったガキだぜ」
おじさんは僕が怖くないの?
「はあ? なんでオレ様がお前ぇみてぇなガキ、怖がらなきゃなんねぇんだよ」
男の人は鼻をほじりながら言った。僕は驚いて目を見開らいた。
「あ? なんでそんなに驚いてんだ?」
だって、みんな僕を怖がるんだ。だから、僕も僕が怖い。
「かぁー! 救いようのねぇガキだぜ。自分が自分を怖がってりゃあ、そりゃ周りのやつだってお前ぇを怖がるに決まってんだろ。しっかりしやがれってんだ! オレ様を見習ってな!」
男の人は得意気に笑って見せた。その人の何を見習えばいいのか僕にはわからなかったけれど、去っていく男の人の背中はすごく大きかった。
誰も見てない涙【後編】
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蒼坊主に向かって髪の毛剣が振り下ろされたそのとき、少し離れた木の陰から誰かがコソコソと出てきた。
「お、おい……鬼太郎? こりゃあ一体、どういうことだよ」
それはねずみ男だった。名前を呼ばれた鬼太郎の動きがピタッと止まる。泣きそうな顔で振り返り、微かな声でねずみ男の名を呼んだ。蒼坊主はその一瞬を逃さず、体をひねって鬼太郎の拘束から逃れた。鬼太郎が蒼坊主をキッと睨む。蒼坊主はニッと笑った。
「見つけたぜ。テメェを封じる策を」
「何!?」
「ねずみ男! 鬼太郎を呼べ!」
突然名指しで呼ばれたねずみ男は、お、オレ!? と素っ頓狂な声を上げた。鬼太郎は今度はねずみ男を睨み、チッと舌打ちをした。上に飛び跳ねてねずみ男を襲う。
「き、鬼太郎!? オレが何したってんだあああ!?」
叫びながら逃げるねずみ男。そしてまた、鬼太郎の動きがピタリと止まる。目玉親父は秘策に気付いて、おお! と声を上げた。まだ理解できていないネコ娘たちは、揃って首を傾げる。
「ね……ずみ、男……逃げ……るんだ!」
邪気を含まない、いつもの鬼太郎の声が絞り出された。ねずみ男はいぶかしげに鬼太郎の名を呼ぶ。鬼太郎は頭を抱えてうずくまった。
「チャンスだねずみ男! そのまま鬼太郎を呼んでろ!」
蒼坊主が封印の札を出しながら叫ぶ。ねずみ男は状況を理解できていないものの、蒼坊主の覇気に圧倒され、大人しく従った。
「鬼太郎鬼太郎鬼太郎鬼太郎鬼太郎鬼太郎」
「闇に巣食う悪しき怨霊よ、さあ! 出て行け!」
「うわあああああああああああああああああああ!!!」
鬼太郎が天を仰いで叫んだ。ねずみ男を除く全員が、これで怨霊が出て行くと安堵した。しかし、その考えは甘かった。
「出て……行く、ものかあああああああ!!」
鬼太郎は叫びながら、頭を地面に強く打ち付けた。何度も打ち付け、額から血が流れ出すと顔を上げ、ニタリと笑った。
「ウソ、だろ……! なんで出て行かねぇんだ!?」
「惜しかったなぁ、蒼坊主」
「なぜじゃ!? 鬼太郎は、ねずみ男の声に確かに反応したはずじゃぞ」
「そうよ! 一瞬だけど、元の鬼太郎に戻ったじゃない! なのになんで……」
ネコ娘の目からハラハラと涙がこぼれ落ちる。蒼坊主の顔には疲労がにじみ出ていた。もうこれ以上はなす術がない。誰もがそう思い項垂れたとき、ねずみ男が声を荒げた。
「なんだか知んねぇけど……鬼太郎! しっかりしやがれってんだ!」
「そうじゃ、鬼太郎! そんな怨霊なんぞに負けるでないぞ!」
「鬼太郎!」
ねずみ男の声に誘発され、目玉親父や蒼坊主も叫ぶ。三人の声が重なったとき、突然鬼太郎が倒れた。蒼坊主が慌てて駆け寄る。鬼太郎は気絶していた。
「バ、バカな! なぜだ!? なぜはじき出された!?」
蒼坊主の頭上で声がする。見上げると、そこに黒い煙のようなものがあった。赤い目らしきものが、煙の中で爛々と光っている。その煙こそが怨霊の本体だった。
「チッ! こうなったら、逃げるが勝ちだ。また新しい体を手に入れて……」
「逃がすかよ!」
蒼坊主はすぐさま封印の札を突き出した。その札に煙が吸い込まれていく。
「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」
断末魔の叫びが横丁に響き渡った。
鬼太郎が目を覚ます前に、蒼坊主は横丁を去った。怨霊に乗り移られていた間の記憶は残らないため、怪我した自分を見た鬼太郎が自負の念に駆られないように配慮した、蒼坊主なりの優しさだった。蒼坊主が反撃できなかったため、鬼太郎の傷がほとんどなかったことも幸いした。
人間界の人混みに紛れながら、蒼坊主は遠い昔の出来事を思い出した。
横丁でも同時に、目玉親父もその出来事を思い起こしていた。
朝起きると鬼太郎がいなくなっていたある日。目玉親父と蒼坊主は必死に鬼太郎を探していた。高足の草の向こうから微かな声が聞こえてきて、その声の方へ足を向けた二人は、やっと鬼太郎を探し当てた。
「お! 親父さん、鬼太郎だ」
「鬼太郎!」
蒼坊主の頭に乗った目玉親父が歓喜の声を上げる。目玉親父は駆け寄ろうとしたが、蒼坊主が急にしゃがんだため、バランスを崩して落ちた。慌てて蒼坊主が手を差し出す。
「こりゃ! 何をするんじゃ、蒼ぼ……」
「しっ! 親父さん、あれ見てくれ」
「うん?」
蒼坊主がかき分けた草の隙間から、目玉親父は鬼太郎を見下ろしている人物を見た。黄色いマントを被り、ヒゲを生やしたその男は……。
「ありゃ、ねずみ男ではないか!」
「ねずみ男? 聞かねぇ名だな。危険な奴なんですかい? 親父さん」
「いやぁ、あやつはずる賢いだけの半妖じゃ。大した妖力も持っておらんと聞いておる」
「そんな奴がなんで鬼太郎と……」
目玉親父と蒼坊主は草むらの中で腕組をした。そのとき、ねずみ男が話すのを止めた。辺りがシンと静まり返る。すると、消え入るように小さな鬼太郎の泣き声が聞こえてきた。目玉親父も蒼坊主も息を呑んだ。
今まで鬼太郎が涙を見せることはなかった。それなのに、初めて会うであろう半妖の前で、鬼太郎は止めどなく涙を流している。その様子に二人は固唾を呑んだ。
少しして、ねずみ男は立ち去った。二人は鬼太郎がその場からいなくなるまで動けずにいた。
鬼太郎の闇を祓う人物。それは、誰も見てない涙を見た者達……
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プロフィール
小説を不定期であげています。
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